ごあいさつ

港区で生まれ育ったことは私にとって誇りであり、とても幸せなことと感じております。
その港区、何より港区民の皆様のために働かせて頂いていることは、
こんなに光栄なことはないと強く思っております。2020年から猛威を奮っている新型コロナウィルス感染症に我が日本も未だに大きな被害を受けております。
大きな期待を持って開催が待たれた東京オリンピック・パラリンピックも、開催に疑問符を投げかけられるような状況で一年延期されて開催されることとなりました。
コロナ禍にあって一地方議員として取るべき行動は大変神経を遣うものとなりましたが、緊急事態宣言発令下に於いての情報を集めて商店会や飲食店さん等に提供をさせて頂きました。
コロナ禍を乗り越え、新たな時代に進んでいく中で、東京の中心である我が港区の果たすべき役割は大変大きなものとなります。バブル崩壊後以降、この数十年で港区は大きく変わってまいりました。
平成になり父の家業を手伝い、3輪バイクで走り回っていた私は、その変わりゆく風景の中で区民の皆様の喜怒哀楽を見てまいりました。

全ての区民の皆様に末永く幸せに港区で暮らして頂きたい。
そのような想いから、平成19年の区議会議員選挙に立候補をし、1397票という沢山のご支持を頂戴して初当選をさせて頂きました。

平成23年の二期目の選挙においては2011票で2位当選という、さらに沢山の皆様よりあたたかく力強いご支持を頂戴致しました。
二期目の冒頭より議会運営委員会の委員長を拝命致しました。
委員長として議場への国旗掲揚についても取りまとめて、港区議会本会議場には国旗と区旗が掲揚されています。

三期目の選挙では2283票で5位当選をさせて頂き、冒頭より第44代港区議会議長に就任させて頂きました。
全国紙等のマスコミも加わった過剰な議会批判の中で、他議員を誹謗中傷した誤った情報を正し、議会を正常な運営に戻しました。

四期目の今期は2676票という初当選の時の倍近い票を頂き、2位当選を果たさせて頂きました。
議長退任後は港区監査委員を3年間務めさせて頂き、現在は東京都後期高齢者医療広域連合議会の議員を務めております。

これからも決して初心を忘れることなく、区民の皆様のために汗をかかせて頂き、生まれ育った港区の明るい未来のために全力を挙げて取り組んでまいります。

どうか皆様のお力をうかい雅彦へお与え下さいますよう、心よりお願い申し上げます。
必ず皆様のご期待にお応えできるよう、誠実さと実行力で全力の限りを尽くして頑張ることをお約束致します。